あて書きと二次創作
大学生の頃、演劇研究会というサークルに所属していた私は、学内や学外で上演するお芝居の脚本を書いたり、演出を手がけたりするのに夢中でした。
劇作というのは、物書きにとって驚くほど楽しい経験です。
自分が頭の中で思い描いた人物を目の前の役者さんが演じ、私の書いた台詞を自らの言葉のように口にする。私の頭の中にだけあった場面が、突然、リアルな肉体や声をともなって現実の空間で繰り広げられるのです。
繰り返すけど、それは本当にびっくりするほど面白くて、心躍る体験でした。
それで私は、夢中になって戯曲を書きました。
「戯曲」なんて言ったけど、文学としての戯曲を書くつもりも、岸田戯曲賞を狙ってやろうなんて野心もなく、ただただ、今このメンツでできる最高に面白くて自分好みな芝居を書きたいという気持ちだけでした。
劇研は文化系サークルの中ではどちらかというと体育会系寄りのサークルではありましたが(身体訓練ハードだしね)、そうは言っても大学生のサークル活動なので、基本的にはみんな、そのときにやりたいことをやるノリでした。公演のたびに、参加する人数や顔ぶれは変化します。前回は役者として舞台に立ったけど次回は不参加、もしくは裏方で、という人もその逆もいます。もちろん、舞台に立つ機会があればすべて立ちたい!という役者バカみたいな人もいますが。
そんな感じだったので、毎回、集まった役者さんたちの顔ぶれを見て、そのメンバーでできるおもしろいお芝居を作ろうと思っていつも書いていました。いわゆる「あて書き」です。あの役者さんにはこんな役、この役者さんにはこれ、それでこんな場面を演じるところを見たい!という気持ちに突き動かされて。
だって私は知ってる。役を演じる彼女が彼が、どんなに素敵なのか、魅力的な役者なのか。どんな役が台詞がきっとハマるのか。それをたくさん見たい、見せたい。まだ見たことのない役やシーンを演じる彼らを。だから上演後のアンケートに、「〇〇さん今まで見たことないぐらいかっこよかったです!」みたいな感想をもらうと、そうでしょうそうでしょう、だって見たこともないような彼や彼女を見せたくて書いたんですから、と自分のことのようにうれしかったのを憶えています。
「これはあなたのために書いた役だから、あなたが名前を付けてあげてください」だなんて役者さんたちに無茶ぶりをしたこともありました。自分では絶対に思いつかなかった、だけどそれぞれの役にこれ以上ぴったりな名前はない、という役名をみんな考えてくれて感動したのをおぼえています。彼ら彼女らが思う自分の持ち味とか表現したいものと、私の表現したいものが通じ合うのを感じました。劇作というのは一事が万事そんな感じ。作・演出に私の名前が書いてあっても、私がひとりで作るところなんてわずかでした。
演劇は大学を卒業してからも数年は続けていたけど、だんだん一緒にやってくれる人も少なくなってきて、なんとなくフェードアウトして。以来、物語を書くなんて機会もすっかりなくなって。
それからずいぶんと長い時を経て私は最近、何を思ったか二次創作になぞ手を染め、今回、とても久しぶりに物語というものを書こうと向き合いました。
書きながら私は、「ああ、これは、あて書きで劇を書いていたときの感覚ととても似ている、同じだ」と思い出していました。あの役者さんに、こんな役を、こんな場面を、こんな台詞を演じてもらいたい、という気持ちに突き動かされて物語を書いていたときのことを。
同じだ。このキャラクターがこんな台詞を言うのを、こんなふるまいをするのを見たい、という気持ちを原動力に書き上げるのだから。そうか、あて書きというのはたぶん、知人(役者)をベースにした現実の二次創作のようなものだったのだ、なんて今になって思いました。
ところで、劇をやるためにはまず台本を書き上げて、稽古の初日にそれを役者さんたちに渡さなければなりません。だからなんにせよひとまず最後まで書き上げる。それを何度も経験していたから、なんというか、自分の中でまだ全然完成していなくても、八方破れでも、最後まで書き上げて良いのだ、というか、書き上げなければ始まらないのだ、という意識が根付いていたのかな、という気がします。
もうほんと不備だらけでもとりあえず最後まで書ききれば、あとは演出するほうの私と役者さんたちが、きっとあるべき最終形に仕上げてくれるはず、という謎の信頼感のようなもの。むしろ完璧なものより穴だらけのほうが、魅力的な劇になる、ぐらいに当時は思っていた気もします。そんな気持ちで書き上げる経験を何度もしていたから、今回ひさしぶりに、なんか書いてみようかなと思ったときも「別に八方破れでも書き上げりゃこっちのもんだ」みたいなひらきなおった気持ちで書ききりました。
かつて戯曲は何本も書いたけど、小説というものを書き上げた経験はごくわずかです。劇研のとき書きたい有志で定期的に発刊していた文芸誌に載せる短編を書いたことが少しあるぐらい。二次創作となると、さらに昔、高校生のころノートに思い付きを書いていたようなものぐらいで、それらをちゃんと書き上げたことなどなかったと思います。
だから小説の書き方もよく知らないし(中島梓の小説道場はむかし愛読してましたけどね!)、「うーん、これは小説なのだろうか? 規格外れすぎない?」と思いながら書きました。だいたい台詞とト書きのようなものです。もともと戯曲をよく書いていたので、発音したときの響きやリズム、間、みたいなものには少しばかりこだわった書き方かもしれません。
大好きなキャラに演じてもらいたい場面を、台詞を書きました。
二次創作というのはたぶん、好きなキャラという役者さんに自らの役を演じてもらう一幕のお芝居のようなものなのだな、と今は感じています。
だから、その中で何が起ころうとも、それはお芝居。幕が下りれば本物の彼らに影響が及ぶことはありません。そんな気持ちで、楽しんでいただけたらうれしいなと思います。
そんなわけで宣伝でございます。
2024年7月20日22:00~21日22:00にピクリエにて開催されるファイアーエムブレムエンゲージ邪竜の章Webオンリーイベント「アナザーエンゲージ~邪竜の宴~」にて読み物中心の邪スタルーク本の頒布と、本に収録の小説から2編をWeb展示いたします。ご興味を持っていただけましたら、お気軽に遊びに来てくださればうれしいです。
そうそう、演劇をやっていた当時、自分で作・演出を手掛けた劇を上演するとき、お客さんに入場時に渡すアンケートやチラシとともに「ごあいさつ」文を印刷したものをお渡しするのがお決まりでした(これは明確に、第三舞台の鴻上さんの影響というかまねっこでした)。
これから私たちの劇を観てくださるお客さんに向けて、幕が上がるのを待つ間のひとときに読んでもらいたいメッセージを書くのです。今回のこのエントリーは、そんな「ごあいさつ」を書く気分で書きました。開演まで、しばらくお待ちくださいませ。お楽しみいただければ幸いです。
ブロディア王家と大公家の関係を考える

ディアマンド、スタルーク兄弟とシトリニカは子どもの頃からきょうだいのように育ったいとこ同士。異界のスタルークは大公家の人たちのことを「家族同然であった」と語ってる。具体的に王家と大公家はどういう関係性なのかちょっとまじめに考えてみたい。
王子である兄弟と大公令嬢であるシトリニカがいとこ同士ということは、モリオン王は大公夫妻の実兄弟または義兄弟にあたることになる。
あり得る組み合わせは下記ですね(あっ、大公は男性と仮定してます…!)
①モリオンが大公の実兄弟
②モリオンが大公妃の実兄弟
③王妃が大公の実姉妹
④王妃が大公妃の実姉妹
①は弟が王位に就いて兄が大公の座におさまっただなんてハイアシンス兄弟のとこみたいなことがブロディアにもあったという話は出てこないし、仮にそんな事情があったら王家と大公家関係はあまり良好にならないだろうから違いそう。
逆にモリオンの弟が大公というポジションに就くのはありえなくはないけど、じゃあ大公はそこから新設されたポジションなのか大公家は新しい家系なのかとか考えるとなんかちょっと違いそうかなって。
④の場合だと王家と大公家とのつながりをそこまで深めなさそうだからこれも違いそうに感じる。
なので、②のモリオンの姉か妹にあたる王女が大公家に嫁いだ、もしくは③の大公の姉または妹が王家に嫁いだ、のどちらかじゃないかなあと推測する。

シトリニカがブロディア城を「わたしにとっても家のようなもの」と言ってるので、②がわりと納得感あるなと個人的には思います。シトリニカのママが王女だったのなら、母が子を連れてちょいちょい生家に帰るのは自然なので。
③もありそうかなとは思うけど、なんだろな、スタルークの(父や兄とは異なる)紺色の髪色は母上譲りなのかなみたくどうしても思ってしまって、そう考えるとシトリニカの色素薄そうな金髪とは遠い感じがして、なんか王妃が大公家出身よりは別のところから嫁いできた方で、王家の誰かが大公家へ嫁いだ、みたいなほうがしっくりくるなあとか思うのです。
そんなわけで私的には②の線が濃厚かなと思ってます。仮にそうならシトリニカは大公の娘ながら王家の血を引く人ということになるのよね。スタルークがシトリニカに「血筋でしょうか」って言うのも納得感ある(スクショなかった。そのうち撮って追加したい)。あと、シトリニカがブロディア王国を深く愛する気持ちも母親が王女だったのなら自然に思える。
それにしても、オルテンシアがリンデンの主君(ハイアシンスの兄王子)のことを呼ぶのを「伯父様」と明確に表記しているのに対して、シトリニカの方は「モリオンおじさま」と伯父なのか叔父なのか曖昧なんだよね。このヒントくれない感じ…あえて明確にせず想像に委ねますということなのかしら。


そんなわけで明確な答えも出ない思考整理でした。これ、もしどこかで既に明らかな答えの出てる話だったらすみません。何か情報あれば教えてくださいませ。
スタルークとゴルドマリーの台詞比較まとめ

FEエンゲージの仲間キャラの中でも、自己評価の低さと高さがそれぞれぶっちぎりに振り切れてるスタルークくんとゴルドマリーちゃん。
二人ともよく「すみません…」と口にするんだけど、謝る理由の方向性がだいたい真逆になってる。
聖地ソラネルで聞ける二人の台詞には、対照的に作られたと思われるものが多い。
そんなスタルークとゴルドマリーの対照的な台詞のスクショまとめ+αです。
ソラネルで聞ける対照的な台詞
ソラネル入り直後


スタルーク:自分は聖地にふさわしくないと思ってる(聖地が主体)
ゴルドマリー:聖地は自分にふさわしいと思っている(自分が主体)
スタルークは7章の戦闘終了後、ゴルドマリーは16章の戦闘終了後、初めて拠点ソラネル入りしたときにそれぞれ青ふきだしで上記の台詞を言う。
ちなみに7章時点のソラネルではまだ焚き火ないんだけど、スタルークは火が点く前から焚き火エリアに出現するよ。
ソラネルになじんできた頃


スタルーク:聖地に似つかわしくない自分を謝ってる
ゴルドマリー:聖地に似合う自分を謝ってる
食事当番


わかりやすく対になってるやつ。
お買い物


スタルーク:物は自分に買われたくない(買われたら不運)と思ってる
ゴルドマリー:物は自分に買われたい(買われたら幸運)と思ってる
焚き火


スタルーク:見ていたい
ゴルドマリー:見られたい
ソラネルで聞けるその他の台詞
特に対になってるわけじゃない台詞も、やっぱりスタルークは自信なさげでゴルドマリーは自信たっぷり。
スタルーク

自虐の一言を付け足さずにいられないやつ

これ好きw
焚き火のとこの台詞と同じでおそらく「暗い性格」アピール。
ゴルドマリー

何を言っているんだ…

幸せそうだな
生い立ちについて
支援会話などで語られる、人格形成に影響したと思われる幼い頃からの育ち方についての言及など。
スタルーク


幼い頃から優秀な兄と比較され自分を認めてもらえず育った。
ゴルドマリー

幼い頃からチヤホヤされて育った。
やっぱ子は褒めて育てたほうが良いよな。
スタルーク隊とオルテンシア隊
あからさまに対照的な台詞を言うのはスタルークとゴルドマリーだけど、構造としてそもそもスタルーク隊とオルテンシア隊が、それぞれ自己評価低い人チームと高い人チームとして対照的に設計されてると思う。
ラピスとシトリニカも自分に自信がない


スタルークが自分自身に自信が持てないのと同様に、臣下であるラピス、シトリニカも自分に自信がなくコンプレックスを抱いている様子が描かれている。
オルテンシアとロサードも「自分のかわいさ」に自信


ゴルドマリーの主君であるオルテンシアと、同僚にあたるロサードもゴルドマリー同様、自分の魅力(かわいさ)に絶大な自信とこだわりを持っている様子が描かれている。
スタルークくんの「土下座」のこと

FEエンゲージのシナリオや演出の評価にあたって何かと取沙汰されがちな「スタルークの土下座」について考えてみようと思う。
登場シーンのジャンピング土下座から始まってスタルークに対して「何かというとすぐ土下座しようとする卑屈なやつ」という印象を抱いていたり「だから苦手、なんか不快」みたいな評価を下していたりする人は少なくないと思う。
……というか、エンゲージのリリース以来、そんな風に語られているのを何度も見てきた。正直、ろくに遊んでいない人がジャンピング土下座のシーンだけ見てばかにしてるのなんかは心底どうでもいいんだけど、しっかり遊んだと思われるプレイヤーからも「スタルークのあれは本当に無理」みたいな声が上がってるのをたびたび見かけて、うう、そうかあ……と、スタルーク推しの私はちょっとさみしく思ったりしてた。
スタルークくんが卑屈な性格で、何かにつけ全方位に向けて「すみません」「ごめんなさい」と謝りまくってるのは事実だ。登場シーンの派手な土下座や、その後もたびたび出てくる「土下座」のワードはスタルークの卑屈さをプレイヤーに印象付ける意味合いもたしかに持ってるのだろうとは思う。
でもスタルークの土下座の本質はたぶん、そこではない。あれは彼の卑屈さの表れとして描かれているものではないと私は思ってる。
では何かというと、あれはおそらくスタルークの「神竜への信仰心」の象徴だ。
もしあなたが「スタルークは何かというとすぐ土下座ばかりしようとするやつ」だと感じているとしたら、そう感じるのはきっと「あなたが神竜様だから」だ。
スタルークは支援会話で、いろんな相手に向かって「ごめんなさい」してる。
オルテンシアやフォガートから自身の態度について指摘されて謝り、アイビーにはブロディアのイルシオン侵攻について個人として「ごめんなさい」を口走り、ブシュロンには時間を割いてもらったのに自信につなげられなかったことを謝ってる。
セアダスとの支援会話では、キャラバン生活に対する自分の考えの浅はかさに気づいてその場ですぐに詫びた後、後日改めて繰り返し謝罪するほど心から反省している様子が描かれていたりもする。
仲間たちとの支援会話以外でも、紋章士たちに対しては「僕と組むことになってすみません」的なことをいろんな相手に言っているし(エンゲージするときの独自セリフも「僕なんかと、ごめんなさーい!!」だよね)、さらには戦闘中、自分が倒した相手に対してさえも「すみません」「なんとお詫びしたらいいか…」なんて言ってる。
もしスタルークの土下座が、彼の卑屈な性格に由来する行動であるなら、もっといろんな人に対して土下座しようとする様子が描かれてもおかしくないんだよね。
だけど、実際にスタルークが土下座してみせたり、「土下座してお詫びを」みたいな言葉を言うのは、神竜様に対してだけだ。ほかの誰に対しても謝罪のために土下座する素振りなど見せない。……いや嘘、オオカミにも土下座してるけど、あれは神竜様を守りたい一心から出た行動だったし、神竜様と二人でいたときの出来事だ。
そう。
スタルークの土下座は、神竜様との関係性の中にしか出てこない。
そしてそれは謝罪のためとは限らず、懇願だったり感謝の気持ちを伝えるためにだったりもする。
国境で賊と誤認して神竜様に向けて矢を放ったことを謝罪するための土下座。
(のちに遭遇戦でグランスール大橋に行くたび、そのときのことを謝罪して「もう一度土下座を…」と言う)
突然現れたオオカミから神竜様を守るべく、オオカミに向かって「帰ってください」と懇願の土下座。
そのときの「命の価値で言えば僕より神竜様のほうが上」という言葉に物申そうとした神竜様から謝罪すべき雰囲気を感じ取って土下座の準備。
後日、オオカミと仲良くなれたことについて「神竜様のおかげです」と感謝の土下座をしようとして止められる。
さらにスタルークをパートナーに選んだ場合には、プロポーズにあたって土下座しかけて「平伏してお願いすることじゃない…」と思い直す様子が支援💍で描かれるし、パートナーエンディングの後日談は「何か失敗すると派手な土下座をしたという」と締めくくられる。

ブロディア王国は神竜信仰の国、すなわち神竜の加護を受けた国だ。
そんな国の王族であるスタルークも当然、神竜に対する信仰心厚く育ってきたと考えられる。
ディアマンドは邪竜との戦が始まる以前にも神竜様が眠るソラネルを訪れていたことが拠点入りした直後の会話でわかる。

おそらくスタルークも兄同様にソラネルを訪れ、目覚める前の神竜様の姿を見たことがあっただろうと想像できる。
7章では、指輪を奪うべく侵攻してきた敵オルテンシアに対して「邪竜を復活させた悪しき国の者が…神竜様に近づく資格なんてありません!」と言いきっている。

直前に出会ったばかりの神竜様がどんな人物なのかまだよくわかっていないであろうときでも、神竜であるというだけで守るべき存在と認めているし、神竜と敵対する邪竜は「悪」であると考えていることがわかる。
もちろん、共に過ごす時間が経つにつれ「神竜だから」という理由によらずリュールを大切に思うようになっていくのは、ほかの神竜軍の皆と同様にスタルークもそうであることが窺える。だけどそれとは別に、スタルークにとって神竜様は「神竜である」という理由だけで最初からほかの何者と比べても圧倒的に別格で、ひれ伏すべき存在なのだ。
スタルークの土下座は、そんな意識の表れとしての行動だと思う。
神竜様のパートナーになった場合にもたぶん、個人としての想いとは別に、信仰の対象としてひれ伏すべき圧倒的な存在だという認識はずっと抱き続けてて、あの後日談なのかなと思ってる。
スタルークくんって人は、自分という人間に価値があると思えずにいるんだけど、ブロディア王子である自身の立場の重みについてはちゃんと理解してる。オオカミに向かって土下座しながら「死んだらいろいろまずいので」って言うのとか、セリーヌに「(身を挺してもかまわないという考えについて)スタルーク王子には、理解できない考えではないでしょう?」と問われ肯定した後に「誰にも内緒にしておいてください」って返すのとかね(どちらもとても好きな台詞だ)。
だからしょっちゅう自虐的な言葉を口にしていたとしても、誰彼問わずむやみに土下座して見せるようなことはしない。そんなことをしたらまずいってこと、たぶんわかってる。
それでも、神竜様に対してだけは、何度でも土下座してかまわないと思ってる。謝りたいときにも、お願いしたいときにも、感謝しているときにも。心からの気持ちを伝えたいときにはいつでも。むしろ積極的にひれ伏して忠誠心を示したいまである、たぶん。
神竜様に「土下座はもういいですよ」と言われて残念そうな顔を見せて、「得意技を封じられた可哀想な顔をするのはやめてください」なんて言われてる。でもそれは実はスタルークが神竜様だけに見せる得意技なんだよ。

そんな風に考えたら、スタルークの土下座は別に卑屈さの表れではないし、そこまで見るに堪えないようなものでもないと思うんだ。むしろスタルークの純粋さとか神竜様とスタルークの間にあるなにかを象徴するものかなって思ってる。
「いや、そもそもジャンピング土下座ってなんだよ、あの悪ノリっぽい演出が無理だ」みたいな意見もあるとは思う。思うけど。
ジャンプして一気に距離を詰めたり距離を取ったりするのは、それこそスタルークの戦闘時の「得意技」だったりするんだよね。
スタルークの戦闘中のモーションにはそういう動きがとても多い。めちゃめちゃピョンピョン跳びまわってる。
謎なタイミングでバックステップ織り交ぜてくるときあるよね。フェイント的な動きなんだろうか。脚力強いし空間認識能力高い。 pic.twitter.com/bfZGudf8cZ
— マリー(森間ちは) (@marie_dqx) June 26, 2023
そんな特徴的な動きなんかもスタルークらしさの一つとして登場シーンに取り入れる演出意図があったのかもしれないな、なんて思ったりする。あの場面では直前まで臨戦態勢に入ってたわけで、その流れで戦闘中に見せるような動きを繰り出してくるのは割と自然な気もするし。
以上、スタルークくんの土下座について思うことをつらつらと書いてみた。
実のところ私も以前は「ジャンピング土下座のことは忘れてくれ」ぐらいに思ってたし、邪竜の章のスタルークを初めて見たときには「むしろこっちのスタルークに土下座させたいな?」とか思ったし、ようするにスタルークの土下座については、なんていうかスタルークの卑屈さを見せるための誇張的なパフォーマンスぐらいに捉えてた。
でも「あ、そっか、土下座って神竜様との間のキーワードなんだな」と気づいてからは、優しい目で見られるようになった。
だから同じように「スタルーク好きだけど、土下座はちょっとなー」と思ってる人が、「土下座も悪くないかも?」ってちょっとでも思える手助けになればうれしいなと思って書いたよ。最後まで読んでくださってありがとうございました。
スタルークくんのこと

スタルークくん。卑屈な性格で自虐ばかりしてる、なんだか生きづらそうな男の子。だいたいいつも俯きがちで憂鬱そうな顔してるんだけど、戦闘になるとたちどころに印象変わって強く勇ましい姿を見せる武力の国の王子様。初回プレイで大好きになって指輪を贈った私のFEエンゲージ最推しくん。
邪竜の章のスタルークのこと3記事も書いたのに、本編のスタルークのこと1記事も書いてないの自分でも意味わからんなと思うので、何か書いてみる気になった。
語りたいことはたくさんあるんだけど、正直、どこに着地すれば良いのかとか全然見えてない。ぶっちゃけスタルーク全然わからん、って今もしょっちゅう思ってるし。でもまあ、大好きな推しを語るのは楽しいから、思いつくまま書いてみようと思う。
スタルークの特技は「人の美点を見つけること」。一方、ディアマンドの特技には「人を褒めること」とある。似ているようで微妙に違うのが面白い。
スタルークは人の美点を見つけたら素直に褒めるし、ディアマンドが人を褒めるのはその美点に気づいたからに違いないので、実際やってることはほとんど同じ。だけど得意とするのは、スタルークは「見つける」という内面の部分、ディアマンドは「褒める」という表出の部分なんだよな。ブロディア兄弟ほんとあらゆる部分が対照的になってておもしろい。
スタルークは幼い頃から、優秀な兄が周囲の人たちを手放しで褒める場面をきっと何度も見てきたはず。幼き日のスタルークくんには「どんな人物であれば、どんな行動をとれば、兄上に褒めてもらえるのだろう?」なんて気持ちもあったかもしれない。兄が誰のどんな部分を美点として褒めるのか観察しているうちに、スタルークは人の美点を敏感に察するようになったのではないかな、なんて想像する。
そしておそらく兄が人の美点として褒めるものの中には、スタルークが持ち合わせていないものも少なからずあったはず。昔から後ろ向きな性格だったというスタルークくん、自分にないものを兄が褒めるのを見るたびに「僕はダメだ…」という想いを強めていった、なんて側面もありそうな気がする。
仲間手帖にはスタルークの性格として「後ろ向きで、自虐が日課」と記されている。スタルークは「自分には価値がない」と信じ込んでいて、口を開くたびにろくでもない自虐ネタを繰り出してくる。卑屈さの突き抜けっぷりに思わず笑っちゃうこともあるけど、何度も何度も聞かされると「もうそんなことばかり言うのやめてくれよ…」とこちらがつらい気持ちになってくる。
スタルークほど日常的にではなくとも、自虐的な言葉を口にしたことのある人は多いと思う。私もある。自分がそうするときの心理を考えてみれば理解しやすいけど、自虐的な言葉の根底にあるのはたぶん「他人から言われるよりも、自分で言うほうがましだ」という考えだ。
自分自身が気にしていることを他人から指摘されるよりは、自分で言うほうが受けるダメージは少ない。だから、誰かから言われる前に先回りして自分で言っておく。「言われなくともちゃんと自分でわかってますから」とアピールする。予防線を張って、自分の心を守ろうとしてるんだ。まあ、「自分の言葉なら自分の心を傷つけない」というのはたぶん大いなる勘違いなんだけどね。
幼い頃から「兄は優秀なのに弟は…」「ディアマンド様ならできたのに…」などと周囲から言われて育ったというスタルーク。繰り返しそんなことを言われるうちに、いつしか「兄上と違って僕は全然ダメです…」「兄上なら上手にできたのでしょうね…」なんて、先回りして自分から言い出すことをおぼえたんじゃないかと思う。自分から先に言ってしまえば相手から言われずに済む。おそらくそんなところから始まって、次第にエスカレートして自虐的なことを言うのが癖になっていったんじゃないかな。
スタルークが自分を称して使う言葉は、本当にひどく自虐的で痛々しい。残りカス、石ころ、ゴミクズ、ゴミ虫……思いつく限り自虐的な言葉を言っておけば、少なくとも人から言われて受け止めなければならない状況は避けられる(そもそも誰もそんなひどいこと言わないんだけどな)。だけどそんな風にいつも言い続けていたら、「自分は価値のない存在だ」という思い込みがどんどん強化されていくよね。
スタルークは基本的には人の言葉をとても謙虚に素直に聞き入れるんだけど、この「自分には価値がない」という思い込みに関してはおそろしく頑固で譲らない。褒められたり好意を伝えられたりしても素直に受け取ろうとしない。困ったような顔で否定したり、その場から逃げ出したりする。
神竜様に「私とあなたの命の価値は同じです」と言われて、「わかりました…って言えたらいいのですが、本心ではそう思っていないので…」と返す場面は特に印象的だ。えっ、それ受け入れ拒否するんだ!? と初めて観たとき驚いたのをおぼえてる。本心を変える気はないって宣言してるじゃん。

変な話だけど、自分に自信がないスタルークは「自分には価値がない」という自分の考えにものすごく自信を持ってる。この考えは誰にも覆させないぞという確固たる意志を感じる。そりゃあ神竜様も「困った人ですね」って頭抱えちゃうよね。
仲間手帖に書かれたスタルークの好きなものの中には「敵を除いた自分以外の人すべて」があって、苦手なものの中に「自分自身」がある。
若さゆえなのか、スタルークは物事の捉え方が二極思考的だ。
まず「自分自身」と「自分以外」で線引きして明確に分けてる。スタルークの世界には基本的に「自分」か「それ以外」しかない。ある意味、「自分」しかないとも言えるし、「自分の内側と外側の世界」と言い換えることもできる。
そんな世界の中で、ダメ人間認定してる「自分自身」のことは苦手で、「自分以外」はすべからく自分より価値ある存在だと思ってる(なんなら人以外の存在に対しても自分より価値あるものと見て、申し訳なさを感じたりもしてる)。自分以外の人のことは基本的にみんな好き。
だから他人の美点を見つけるのは得意なのに、自分の良さには気づけない。取るに足らない自分自身は、そもそも評価すべき対象に入っていないから。
「自分以外の人すべて」を好きだと戦えないから、その中で「敵」と「味方」に分ける。ここも線引きして二極化だ。敵であると認めた存在はスタルークの「好き」の対象から外される。好きな人たちを守るため、敵には容赦しない。
だけど自分以外の存在の中、敵は「好き」の領域から外れるけど「自分より価値ある存在」領域からはおそらく外れていなくて、だからスタルークは敵を倒した後にいつも謝罪(すみません…)やうしろめたさ(僕なんかが…)、言い訳めいた言葉(勝たないといけないんで…)を言うのだと思う。
本編11章でアイビーを仲間として受け入れることに対し猛烈に抵抗して見せたのは、あのときスタルークの中でアイビーは明確に「敵」領域にいる存在だったからに違いない。父の死の一因を作ったと思っている相手を自分の「好き」の領域に少しでも踏み込ませるなんて絶対に認めたくなかった。それを認めたら、自分の行動を決める根本が揺らいでしまうから。
そんな感じで、スタルークは物事を二極化して捉える傾向がある。
「とるに足らない自分」と「自分以外の立派な人たち」
「倒すべき敵(好きじゃない)」と「守るべき味方(好き)」
分割線を引いて、徹底的に分けて考えてる。中間、グラデーションはない。
ブロディア王子の「ディアマンド」と「ディアマンドじゃない方」っていうのもたぶん同じような考え方してて、「優秀で誰からも認められている兄上」と「不出来で周囲の人を失望させる僕」みたいなところ。優秀さはすべて兄上が持っていて、その残りカスが僕――。
実際にはディアマンドはスタルークが思うほど完璧なわけではないし、スタルークが自身を兄と対極に位置づけて全否定する必要ももちろんない。そもそも現実は単純に白黒つけられる物事ばかりではないのだから、二極思考で押し通すのは無理がある。何事もひとつひとつ柔軟に考えて答えを出していくしかない。
そんなことを少しずつ理解して受け入れていく、自分自身や現実と折り合いをつけていく、というのがスタルークの成長ストーリーなのだと思う。
支援会話や本編ストーリーでは、スタルークがディアマンドにも弱い部分があることを理解し受け入れていく様子や、神竜様や紋章士、臣下や仲間たちが語ってくれる自分についての評価を受け止め、少しずつ考えや態度を変えようとする様子などが断続的に描かれている。

…けど、このゲームのシステムの都合上、スタルークの変化や成長を感じさせる場面が順を追って丁寧に描かれるわけではないので「スタルーク、振れ幅大きすぎて捉えどころがないというか、よくわかんねーな…」ってなるんだよね。スタルークいいな、って思ってからもう何周も巡ってる感じがする。「あれ、やっぱなんか考え違いしてたかな…?」みたいな感覚。わかった気になっては、やっぱよくわからんわ…ってなる。今書いてるこのテキストだって、読み返してる間にも「いや、そうかあ??」って、もうなんだかわからなくなってきてる自分がいる。
でも、実際のところ人間の成長なんて直線的なものではなく、行ったり来たりを繰り返しながら螺旋階段みたいに上っていくものかもしれないよね、とも思うんだ。場面によって印象が変わる不安定な人物像もスタルークの魅力の一つだと思うし。スタルークのアシンメトリーな髪型は、彼のそんな揺らぎをはらんだ内面を表現しているように感じているよ。
FEエンゲージ「邪竜の章」関連記事まとめ
FEエンゲージ本編のプレイ記録や感想はTwitterに都度書いて満足してたんだけど、邪竜の章についてはネタバレ配慮でここに書いてた。気づけば我ながら「ここは邪竜の章ブログだったかな?」と思うぐらい邪竜の章の記事ばかりに…。自分でも目的の記事を探しづらくなったのでまとめておく。
邪スタルーク関連
邪竜の章世界のスタルークくんについて書いたもの。本編のスタルークとは別人だけどやっぱり嫌いになれなくて…というかたぶん好きなんだよな。発狂して3記事も書いた。
- 邪スタルークくんのこと
本編スタルークと邪スタルークは何がどう反転してるのか思考整理など。邪スタルークくんのこと、と言いつつ半分は本編スタルークのこと書いてる。 - 「僕が守ります!」と「僕が殺します!」
邪スタルークくんが必殺出すときのセリフ「僕が殺します!」について考えたこと。必殺モーションの動画埋め込みあり。 - 救いなき世界で王となる
上の記事の考えをさらに発展させた考察というより妄想のようなもの。我ながらとても暗い…でも気に入ってる。
2周目プレイ感想
邪竜の章2周目の感想を1章ずつ全6記事。ラストまでのストーリー展開やその後の支援会話でわかったことも踏まえて伏線などにも注目したもの。各章の冒頭で読み上げられる詩のようなものの解釈も試みてる(あんまり解釈できてないけど)。
- 邪竜の章リプレイ感想①
1章(神竜王城)。初回プレイ感想で挙げてた疑問点への一応のアンサーなども。 - 邪竜の章リプレイ感想②
2章(フィレネ)。邪フィレネ兄妹。 - 邪竜の章リプレイ感想③
3章(ブロディア)。3章終わり、兄弟が殺される場面の演出についての考察も。 - 邪竜の章リプレイ感想④
4章(イルシオン)。邪アイビー考察など。 - 邪竜の章リプレイ感想⑤
5章(ソルム)。邪フォガート、邪オルテンシア…。 - 邪竜の章リプレイ感想⑥
6章(ソラネル)。展開の整理と感想とりとめなく。冒頭の詩の解釈について「神!」と思った考察の紹介もさせていただいてます。
初回プレイ感想
1~2章ずつ、4記事。配信直後から数日間かけてプレイした初見感想。とりあえず、ほかの人の感想や考察見る前に、自分が感じたことを書き留めておく目的で書いたのでまとまりないし、改めて読む価値はあんまりないかもです。
ブロディア兄弟が並ぶときの立ち位置

邪竜の章3章のリプレイ感想に、「本編のブロディア兄弟が並んで立つとき、基本的にはいつもディアマンドの右隣にスタルークが立つ。つまり向かって左にスタルーク、右にディアマンドが立ってる」と書いた。なんとなく「いつもこの並びだよな」みたいな印象があって、ざっと確認してみたら合ってそうだったから書いたんだけど、もうちょい詳しく確認してみようと思う。
ブロディア兄弟が並び立つとき
スタルークが本編のメインストーリーに顔出しするのは11章までなので、ディアマンド登場の8章から11章までのストーリー中、二人が横並びで立っている場面で「ディアマンドの右隣にスタルークが立つ(向かって左にスタルーク、右にディアマンド)」という形になっているか見ていきたい。
8章:モリオン王の登場直後

×ディアマンドの左隣にスタルーク
おい、いきなり違うじゃんw
ここは、もともとスタルークとリュール、アルフレッドの3人がディアマンドと向かい合う形で立って話した後、城内へ移動するところへモリオン王が出てきたという場面。移動中ゆえイレギュラーな形になったと考えたい。
8章:アイビー襲撃を受け出陣前

〇ディアマンドの右隣にスタルーク
8章:アイビー敗走後

×ディアマンドの左隣にスタルーク
ここも逆になってた。逃げ去るアイビーを追ってきた直後なので、これも移動に絡んでイレギュラーな形になってるということで。
8章:兵からの報告を受ける

〇ディアマンドの右隣にスタルーク
8章:モリオン王との対話時

〇ディアマンドの右隣にスタルーク
8章:国境に向け出立の前、王城兵に挨拶

×ディアマンドの左隣にスタルーク
ここも逆並び。ここはモリオン王と3人並びなのと、モリオン王とザフィーアの対話がメインで描かれる場面なので、絵的にこうなったのかなと思うんだけどどうだろうか(苦しい?)
9章:戦闘終了後の散策時

〇ディアマンドの右隣にスタルーク
10章:デスタン大教会突入前

〇ディアマンドの右隣にスタルーク
10章:戦闘前ムービー

〇ディアマンドの右隣にスタルーク
11章:撤退後

〇ディアマンドの右隣にスタルーク
15章:戦闘後の散策時

〇ディアマンドの右隣にスタルーク
冒頭に11章までと書いたけど、スタルークが生きていれば12章以降も戦闘中や散策時にストーリーに絡むセリフが用意されてる場面がいくつかある。15章の戦闘終了後のストーリーを受け、散策時にはスタルークにもストーリーのセリフがあって兄弟並び立つ姿が見られる。ここもディアマンドの右隣にスタルークが立ってる。
兄弟が並び立つ11場面のうち、3つほど例外を除いた残りすべてディアマンドの右隣にスタルークが立っているのが確認できる。この形が基本と考えて良いのではないかと思う。
他国王族も左に目上の人が立つ
ちなみに他国の王族が並んで立つときも基本的に上位の人が左、下位の人が右に立っている場面が確認できる。「左上右下」的なしきたりがエレオス大陸にあるのかな? と思う。
本編13章のソルム姉弟

ミスティラの右隣にフォガート
本編14章のソルム親子

スフォリア女王の右隣にフォガート
本編14章のイルシオン姉妹

アイビーの右隣にオルテンシア
(私、本編ストーリー中でフィレネ兄妹が並び立つスクショは撮ってなかった…アルフレッドの右隣にセリーヌだと思うんだけどどうでしょう??)
邪竜の章の世界では反転
邪竜の章では、本編とは逆並び(右に上位の人が立つ)になってる。
邪竜2章のフィレネ兄妹

邪竜3章のブロディア兄弟

邪ディアマンドの左隣に邪スタルーク
邪竜の章の世界は本編の世界と鏡写しに反転した世界だから、立ち位置も鏡に映したように逆並び。おもしろいよね。